茶道のお点前の中に「花月(かげつ)」というものがあります。正確に言うと、お点前の中に「七事式(しちじしき)」があり、その中の一つに「花月」があります。七事式というのは、江戸時代中頃に表千家と裏千家が共同で、茶道をより深く修練するために、と考え出されたものだそうです。その七事式の中で、初心者がまずお稽古させてもらえるのが花月之式(以下、花月と書きます)です。
花月は数人で行うちょっとしたゲームのようなものです。名前の通り、花とか月とか数字とかが描かれた札を引いて、役札である、花や月の札を引いた人がお茶を飲めたり、また、お茶を点てたりします。引いた札でその時の役割を決めるのです。基本となる「平花月(ひらかげつ)」からお稽古しますが、この花月にも色々な種類があり、「花月百遍、朧月」と皮肉な歌があるほど、なかなか覚えられません。せっかく覚えたと思っても、また違う種類の花月のお稽古があると、また頭のなかで混ぜあわさり、確かにおぼろになります。自分の役割がいつも変わるというところもむつかしいところです。いつまでも、生命の続く限りお稽古できるように、うまく考えたものです。
通常、花月では何度か札を引くチャンスがあります。「月」の札を引いたら、お茶を飲み、「花」の札を引いたら、お茶を点てる、というような感じです。そして、札を引いて一斉に札の絵柄を確認すると、それぞれが大きな声で、「月!」「花!」「松!」などと宣言します。この宣言によって、ああ、あちらの方がお茶を飲まはんねんな、こちらの方がお茶点てはんねんな、と分かるわけです。
花月の中には「投げ込み花月」というものがあります。ぼくはこれがお気に入りです。あまり難しいことはしないのですが、終始無言で行います。なので「無言投げ込み花月」とも呼ばれています。投げ込み花月がおもしろいのは、札を引いた時点では、本人しか役割が分かっていないところです。全体の和を乱さないように、より周りへの配慮が必要となります。そして、黙々と事が進んでいきます。
無言であるほど、小さな音が聞こえてきて、気に留めていなかった音が愛おしく思えてきます。お稽古場でも慣れてくると、おしゃべりしながらワイワイお稽古することも多いのですが、無言投げ込み花月をやると、より釜の音や湯を茶碗に注ぐ音などがくっきりと聞こえてきて、とても趣きがあるのです。ぼくの場合、耳鳴りが聞こえてくることが多いのですが。