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茶道

  • 2020年11月21日

柔術と茶道の稽古をするだけで謙虚になれる

かもしれない。柔術と茶道はとても似ています。いや、似ているところを経験上見つけることができるからかもしれません。歳をとった強みです。 格闘技をやる上において、ぼくは身体が小さいほうです。ジムでもぼくより体重の軽い人はほとんどいません。ボクシングをはじめ、多くの格闘技では、階級性が敷かれ、細かく体重で振り分けて、対戦が行われます。無差別級というのは、そういうの関係ない闘いです。つまり、ジムでの練習は […]

  • 2020年11月7日

コロナ禍の炉開き

2020年の春夏は、密集してはならない、密接に過ごしてはならないということで、密の極みである茶の湯には厳しい期間となりました。今でもそれは続いており、マスクを着けたままでのお稽古となっています。もちろん、茶会、特に大寄せの茶会はほとんどすべてが中止となり、着物を着て出かける機会もまったくありませんでした。 夏に社中でのお稽古が再開し、マスク茶の湯の方法を探りはじめました。名残りの秋になり、久しぶり […]

  • 2020年10月17日

おばあちゃんとの会話

ここで言うおばあちゃんとは、血のつながりのあるおばあちゃんではありません。失礼ながら、先代のお茶の先生のことを指しています。先代先生は、20代からお茶の先生をされていたそうです。しかもお家元の直門として94歳でお亡くなりになるまで、ずっとご自身も稽古されていました。 同門のお弟子さんたちに話をうかがうと、先生は昔は大変厳しかったそうです。ぼくが入門してからの個人的な印象は、大変甘やかしてくれるおば […]

  • 2020年10月10日

お釈迦さまの入滅。お茶の先生が亡くなった日のこと。

夏の暑い日。先生はお亡くなりになりました。 その日の朝、お茶のお稽古日でしたので、いつもの通り朝から先生のご自宅でもある稽古場に参りました。その頃の先生は、癌を患い疲れやすくなっておられたので、少し稽古をつけては、ちょっと席を離れてお休みになる、という感じでした。でも、その日は最初から先生の席は空いていました。そして、弟子たちによる自習が始まりました。 少しして、先生の娘さんが、先生が呼んでいるの […]

  • 2020年8月1日

お茶の先生が亡くなった。そこに先生がいない「だけ」の稽古場。

亡くなってからふた月ほど経って再開した稽古場。 たしかにいない。先生はもういない。そのことは理解しているけど、茶室や道具からは先生の気配が感じられて、ただ、いつも座っておられた場所に先生がいない「だけ」。その他はすべて何も変わらない。   ぼくの先生は晩年、娘さんに外向きの活動や家事のことをほとんど任せて、お茶のお稽古に専念されているように見えました。亡くなったあとは、その娘さんが継ぎ、 […]

  • 2020年7月25日

雑記。2020年7月における近況。

ある一定期間、ムキになっているのか、というほどに毎日更新しておりましたが、ムキになっているというほどなので、無理していたのだろうと思われます。すっかりブラジリアン柔術が楽しくなって、ブログで日記を書くのも忘れて5年ほどブラジリアン柔術のことばかりを考えていました。   ところが新型コロナウイルスの影響により、怪我もしていないのに3ヶ月もブラジリアン柔術の稽古ができない状態になりました。だ […]

  • 2015年10月16日

プロ柔術を観戦して、楽しい細部を思う。

プロ柔術を観てきました。 ぼく自身柔術をはじめて1年が経過し、少しは怪我しにくくなり、少しは技をかけられるまでの時間が長くなったりしてきました。結局やられてしまうのですが…(・_・; 1年程度の初心者でも、自分がやっている分、ルールも知っていますし、キワの攻防なんかも多少は分かるようになってきているわけです。なのでとってもおもしろかったです、プロ柔術。   ブラジリアン柔術の試合では、片 […]

  • 2015年4月23日

Bose QuietComfort 25 が本当にコンフォートでした。

  かさばるものは嫌いです。できれば折りたためたりしてコンパクトになるものが好きです。お茶室で使われる道具における好きなポイントもまさにここで、床(とこ)に飾られている巻物は文字通りくるくる巻いて仕舞うことができますし、点前に使う棚も分解してコンパクトになったりします。そういうところに、はぁええわぁ、と感動しきりです。   Bose QuietComfort 25 というヘッド […]

  • 2014年12月25日

茶道における、物を置くときの覚悟

  お茶のお稽古中、置き合わせた茶碗と棗の位置が良くないことに気づき、少し動かして良いところへ調整する、ということをついしてしまいます。しかし、本来はこんな動作は不要です。やはり、ピタッとあるべき位置に一回で納まれば、それに越したことはありません。それでも、ついつい、直してしまうのです。   茶道では、もっとも合理的でもっとも美しい位置に道具を置くわけですが、それはある程度のル […]