裏千家の茶道では、3月に釣釜(つりがま)が天井から掛けられます。少し寒さの和らぐこの時季、ゆらゆら揺れる釣釜を眺めながら、茶室で春の訪れを感じる、という風流なものです。よく茶室にはこれを釣るための金具が天井に付いています。茶室に入ることがありましたら、チェックしてみてください。炉の真上あたりにありますので。
釣釜のお点前では、特に炭点前が見どころです。炉から釜を外す所作は独特です。また、炉の中に五徳(炉の中に置かれている、釜を置くための鉄具)がありません。釣るされるので、置く物が不要なのです。ですので、炭点前で炉の中をのぞき込んだとき、いつもと風景が違います。より広大に見えますし、すっきりとしていて、澄んだ空気のなかにそびえる山を眺めているようです。
あの日、2011年3月11日の14時46分、ぼくは茶室におりました。お稽古場は大阪ですので、ほとんど揺れを感じることはありませんでした。しかし、どなたかが、「地震じゃない?」とおっしゃいました。ほら、と指さした先にはわずかに揺れる釣釜を見ることができました。
小さな地震があったのだ、とその時は思っていましたが、やがて、別室でニュースをご覧になった若先生がお稽古場に来られて、東北の方で大きな地震があったようです、とお知らせくださいました。
以来、毎年この釣釜を見ると、あの地震の日を思い出すようになりました。これからの何十年もずっとそうだと思います。