音を立てずに食べる、飲む、ということは幼い時からしつけられてきました。また、欧米を旅すると、パスタは蕎麦をすするように食べてはいけないし、コーヒーをズズズッと飲んではいけないことを学びました。なので、茶の湯の席で抹茶をいただくときに、音を立てることを知った時には少し抵抗を感じました。
飲みきった最後に音を立てることを「吸いきり」といいます。ズズッと音を立てて、吸いきるのです。これには意味があって、一つには吸いきってしまうほど、美味しくいただいたという感謝の意を亭主に表わしています。そして、飲み終わったという合図にもなっています。茶席では、亭主だけではなく、列席の客にもそれぞれ役割があって、誰かが飲み終わると何かをしなければならない、という局面があります。だから、飲み終わった合図として、その吸いきった音が必要かつ重要でもあるのです。茶席を全員で作り上げているのは、演奏している人間だけではなく、その場にいる観客やスタッフ全員でライブを作り上げているのと同じですね。そんな感覚です。
数年、茶道を習って、幾人もの吸いきりの音を聴いてきました。最近、これにも個性があるということに気づきました。感謝の意や合図だからといって、あまり大きな音を立てて吸いきるのはやはり無粋に感じます。合図ですから、小さいといけません。ある日、適度な音の大きさで上品に吸いきるのを聴いて初めて、格好良く吸いきることもできるのだ、と気付かされました。
もちろん、ぼくはまだまだそんな格好の良い吸いきり方はできませんが、近づけるよう精進していきたいと考えています。しかし、精進しすぎて、ついコーヒーを飲んでいても吸いきったりしてしまうことがあります。そこは気をつけたいと思います…。