相手あっての格闘技

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ジムで柔術を習っています。それはクラス制となっていて、マット運動をやったり、技を教えてもらったり、ということを90分ほどやります。その「クラス」というもの以外に「練習会」というものがあります。これは決まったことをやるわけではなくて、自由にジムに来て技の研究をし合ったり、スパーリングをしたり、というような時間です。自由がゆえに集まる人数も多かったり少なかったりします。ですので、一番に自分が到着して柔術衣に着替えている時など、誰も来なかったらどうしよう、などと少し不安な気持ちに襲われます。

 

更衣室で柔術衣に着替えているとき、若いMMAプロ格闘家が「今日は柔術、誰か来るんですか?」と尋ねてくれました。「いや、わかりませんけど、多分どなたか・・」とぼく。「そうですか、相手あっての格闘技ですものね」と彼。

 

さらっとした会話でしたが、とても心に残りました。

 

格闘技は本当に1人では強くなれません。練習相手がいないとどうにもなりません。悩んだり塞ぎこんでいても相手がいると、相手と何かをすると心が晴れます。ぼくは孤独をテーマにバンドで歌を歌ってきましたが、バンドだって「仲間」がいるし、ライブハウスに行けば「相手」もいます。それは歌の内容とはまったく違う結束のある世界です。だからバンドというのでしょうけど。

 

こんな当たり前のことではありますが、今さらながら、いや今だからこそか感謝の念が絶えません。そして、ぼくは「相手あってのこと」が好きなのだ、と気づいたのでした。

 

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