• 2021年5月22日

テレワークって、お父さんがずっと家にいるの?

この一年で、すっかりテレワークというかリモートワークというか、会社に所属していても出社せずに働くというやり方が定着してきました。ということは、子供が学校から帰ってきても、お父さんが家にいる、ということですよね。 ぼくの場合、お父さんというのは特別で、昼間はおおよそ家にいないものでした。朝、一緒にご飯を食べて、夜に帰ってくる。下手すれば自分が寝てから帰ってくるくらいの感じでしょうか。昭和の時代はそれ […]

  • 2021年5月15日

マスクのルールが分からない。分断はどうにかなるものなのか。

マスクをして山の中を犬連れで歩いていると、阿呆らし、と思います。人がいないからです。ひと気の少ない道ですが、たまには人とすれ違うこともあります。向こうからマスクをしていない人がやってきます。もうしわけなさそうに手で口のあたりを覆います。いやいや、こんな誰も歩いていないようなところでマスクをしていないなんて当たり前、ぼくも本当はこんな山の中でマスクなんてして阿呆らしいなぁ、と考えてるんですよ!という […]

  • 2021年5月8日

習ってもできない玉子焼きと、ついに再現できた目玉焼き。

遠足や運動会でお弁当を食べるときに、友だちのおかずをもらったり、おにぎりをもらったりすると、すごく違和感を覚えました。なんじゃこの甘ったるい玉子焼きは!とか、妙な味のごはんやな!とか。やはり味覚は家庭で育まれるものなのでしょう。特に子どもの頃は外食なんてほとんどせず、ひたすら家で食べていました。給食に違和感を感じなかったのは、これも毎日のように食べていたからでしょうか。 自分の育った家庭の味、とい […]

  • 2021年5月1日

小学校の図工の課題で、うんこを選んで表現の自由を奪われた少年、大森くんとその作品のこと。

小学生のころ、図工の授業で手作り絵本を作ったことがありました。 ぼくは「たぬきときつねのばかしあい」というお話を作りました。まぁ、何というかありがちというか、大人の顔色をうかがったというか型にはまった感じの絵本になってしまいました。大した傑作でもなかったのに、どうして小学生のころの作品を憶えているかというと、友だちがすごく印象的な作品を作ったからでした。タイトルは「うんこの冒険」です。大森くんとい […]

  • 2021年4月24日

この一年、風邪で体調を崩したことがありません。

皆さんもそうではないでしょうか。自分を含めて、皆がマスクをして、手をしっかり洗って、消毒をして、ということをしているからだと思われます。なるほど、こうすれば風邪なんてひかないんだな、と感心しています。飛沫もしくは手にウイルスが付いた状態で口を触って感染、その後、冷えや乾燥で発症してしまう。そのようなパターンでこれまで風邪をひいてきました。そのパターンを防ぐことができているのでしょう。 これまでもイ […]

  • 2021年4月17日

ニューバランスのニューバランス。

ニューバランスというブランドのスニーカーを一時よく履いていました。2万とか3万とか革靴買えるがな、とへこへこ言いながら買うスニーカーです。ここ数年はすっかりアシックスのお世話になっていて、5足くらい連続で同じものを買って履いています。気に入ると、それをずっと選びたいというのは革新的でないような気もしますが、とくに身に付けるものは、気に入ったなら、同じ物を使い続けるほうが心地良く、他のことに集中力を […]

  • 2021年4月10日

また同じことゆうてはるわ。

書いたことを忘れて、また書く、ということをよくします。先日、幸せについて書いたら、割と最近にも幸せについて書いていたことを発見しました。書いた先から忘れているのでしょうか。ああ、またあのおじいちゃんおんなじことゆうてはるわ、という感じです。好きに阿呆言うために書いているので、また何回も同じことを書くかもしれません。 しかし、ブログなどというものは、検索ページから来て、パッと見て終わりという使われ方 […]

  • 2021年4月3日

答え合わせを急ぐ必要などない。

その昔。90年代の初め。 あるふたりが電車の座席に座り、ペンギンマークのあのブランドの名前は何であるか、ということを話し合っていました。なんやったっけー、なんやったっけー、と出てきません。ポロシャツとかの胸にマーク付いてるやつやんなー、なんやったっけー。と、前に立っていたおばさまが、ささやくように「マンシング」と教えてくれたそうな。 いま、何かが分からないときや思い出せないときには、ネットで検索す […]

  • 2021年3月27日

絶対的な幸せはあるのか

というものを求めて、十代の終わり頃から詩を書いたり歌を歌ったりしてきました。 絶対的な幸せとは、相対的でない幸せのことです。青い心を持った人間には相対的な幸せが許せなかったようです。つまり、何かと比して幸せである、ということは「本当の」幸せではないのではないか、と考えていたわけです。しかし、そういうものは見つかりませんでした。歌や詩の中にはそれに近いものもあったかもしれませんが、それはきっと勘違い […]